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佐渡ケ嶽部屋
佐渡ケ嶽部屋の歴史
名 前 襲名年 出身 最高位
初代 佐渡ケ嶽澤右衛門 安永9年 群馬 前頭2
2代 佐渡ケ嶽大五郎 寛政3年 群馬 三段目
3代 佐渡ケ嶽澤右衛門 享和2年 不明 小結
4代 佐渡ケ嶽澤右衛門 文化15年 鳥取 前頭
5代 佐渡ケ嶽澤右衛門 天保10年 不明 十両
6代 佐渡ケ嶽澤右衛門 文久不明 不明 不明
7代 佐渡ケ嶽兵右衛門 明治3年 東京 十両
8代 佐渡ケ嶽兵右衛門 明治26年 不明 十両
9代 佐渡ケ嶽脇太郎 明治44年 不明 前頭17
10代 佐渡ケ嶽高一郎 昭和4年 栃木 前頭1
11代 佐渡ケ嶽登 昭和30年 香川 小結
12代 佐渡ケ嶽慶兼 昭和49年7月 鳥取 横綱
13代 佐渡ケ嶽満宗 平成17年11月 山形 関脇
12代 佐渡ケ嶽親方
初土俵 昭和34年 1月場所
十両昇進 昭和37年 7月場所
入幕 昭和38年 3月場所
最終場所 昭和49年 5月場所(番付は7月場所)
(※注)
琴ケ浜は、猛稽古一筋で大関の地位を築いた人として知られ、二所一門の荒稽古は横綱玉錦以来の伝統で、この中でも若乃花と琴ケ浜の若い頃の稽古ぶりは言語を絶し、今でも当時を知る人々の語り草にな っています。 その荒稽古は、関取になってからも変わらず若者を容赦なく投げ飛ばし、羽目板にぶつけ、 「鬼」と恐れられました。 仕上げのぶつかり稽古では、目がくらみ、呼吸も出来ないほどしごかれる毎日で した。(右写真:琴ケ浜)
<主な力士>
琴風(現 尾車親方) 琴富士 琴ケ梅 琴椿(現 白玉親方)
琴稲妻(現 粂川親方) 琴別府 琴錦(現 浅香山親方) 琴龍
琴ノ若(現 佐渡ケ嶽親方)
※ 琴光喜 ※ 琴欧洲 ※ 琴奨菊 ※ 琴春日 (※は現役)
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